何度読んでもわからない本には、読み方の問題がある
一度目に分からなかった章を、二度目も同じように分からなかった。三度目に開いたときには、同じ段落で同じ違和感が来ると分かっていました。それでも読み方は変えていません。
難しい本を何度読んでもわからないのは、回数が足りないからですか?
違います。同じ読み方を繰り返すと、同じ結果が返ってきます。 三回読んで変わらなかったのであれば、四回目も変わりません。足りていないのは回数ではなく、読み方の変更です。
再読には効果があります。ただしそれは、一度目と違う情報を持って戻ったときだけです。一度目とまったく同じ状態で戻ると、同じ経路をたどり、同じ場所で同じように止まります。二度目に分かった気がするのは、多くの場合、文章に見覚えができただけです。
なぜ、同じ読み方だと結果が変わらないのですか?
読み方が、読み取れる情報の種類を決めているからです。
通常の読み方は、先頭から順に、文の単位で追うという方式です。この方式で取れるのは、文と文の局所的なつながりです。取れないものが三つあります。
一つは、章より大きい単位の構造です。 どの章がどの章を支えているかは、順に読んでいる最中には見えません。読み終わってからでないと形になりません。
二つは、著者が反論している相手です。 難しい本の多くは、何かに反対して書かれています。反対する対象は、たいてい序文か脚注にだけ書かれます。本文を順に追っていると通過します。何に反対しているかが分からないと、主張の輪郭も決まりません。
三つは、重要度の配分です。 すべての段落が同じ活字で並んでいます。決定的な三行と、補足の三ページが、見た目で区別できません。順に読むと、両方に同じ時間をかけます。
つまり、分からないのではなく、その読み方では取れない情報を取ろうとしているという状態です。
読み方は、どう変えればいいですか?
四つの変更を、一つずつ試します。どれも一冊の本で今日から実行できます。
1. 順序を変えます。 最終章を先に読みます。次に序文、最後に本文へ戻ります。結論を知った状態で読むと、本文が論証として見えます。結末を知ることは、この種の本では損になりません。
2. 単位を変えます。 文ではなく、段落の最初の一文だけを章の頭から終わりまで拾って読みます。二十分ほどで一章が通ります。ここで章の骨格が出ます。骨格を持ってから本文に戻ります。
3. 方向を変えます。 分からない段落の直前ではなく、その段落が何を準備しているのかを、あとの数ページから探します。 難所は、後で使うために置かれていることが多く、使われている場所を見ると役割が分かります。
4. 出力に変えます。 著者の主張を、自分の言葉で一文だけ書きます。四十字以内にします。書けなければ、まだ主張を特定できていません。書けたら、その一文を持ってもう一度読みます。
四つのうち、最も結果が変わるのは1と4です。 順序を変えると、二度目の再読とはまったく違う情報が入ります。一文に落とす作業は、分かったつもりの箇所を強制的にあぶり出します。
読み方を変えると、かえって時間がかかりませんか?
かかりません。同じ読み方の四回目より、違う読み方の一回目のほうが短く終わります。
再読が長引くのは、前と同じ経路をたどるからです。既に読んだ文章を、既に読んだ順序で追うと、速度は上がっても取れる情報は増えません。四回目に増えるのは、読んだという記憶だけです。
順序を変える読み方は、一章あたり二十分ほどで終わります。段落の先頭だけを拾う読み方も同程度です。どちらも通読より速く、しかも通読では取れない情報が取れます。時間の総量ではなく、同じ時間で何が取れるかが変わります。
四つの手順を全部試しても、一冊につき二時間ほどです。三回目の通読にかけた時間より短くなります。変えたほうが早いのに変えないのは、変える手が思い浮かばないからです。 手が四つあると分かっていれば、判断は難しくありません。
順に一つずつ試します。効いた手を記録しておくと、次の本で最初からその手を使えます。効く手は、本の種類ごとにおおむね決まっています。
読み方を変えても、残るものは何ですか?
自分の誤読です。読み方をいくら変えても、誤読は自分の視野の外にあります。
四つの手順は、取れなかった情報を取るためのものです。取り違えた情報を正すためのものではありません。四十字の一文が書けたとき、その一文が的を外していても、書いた本人には外れて見えません。外れていると分かるなら、最初から外していません。
ここだけは、その本を先に読み解いた人の一文と並べる以外に方法がありません。二つの四十字を横に置くと、ずれが一目で出ます。同じ本について書かれた二つの一文が食い違ったとき、食い違いの中身が、読めていなかった箇所そのものです。
何度読んでもわからない、という状態は二層あります。取れていない情報と、取り違えた情報です。 前者は読み方を変えれば取れます。後者は、回数でも読み方でも動きません。
読み方を変える作業は一人でできます。並べる作業だけが、一人ではできません。
『ディスタンクシオン I』の少人数オンライン講座と学びたい人の登録 →
dokkai