専門書がわからないのは、前提知識が抜けているからだ
第一章の途中で、定義なしの用語が三つ続いた。調べれば意味は出てくる。それでも、その用語がなぜここで必要なのかは分からないままです。用語を調べても読めるようにならない本があります。
専門書がわからないのは、理解力が足りないからですか?
違います。専門書がわからない原因のほぼすべては、その本が読者に要求している前提知識が抜けていることです。読み方や能力の問題ではありません。
専門書には、明確な想定読者がいます。そして著者は、想定読者が既に知っていることを書きません。 書けば分厚くなり、想定読者には退屈になるからです。省略は手抜きではなく、設計です。設計から外れた読者が読むと、省略部分がそのまま穴になります。
穴は、本文をいくら読み返しても埋まりません。書かれていないものは、読んでも出てこないからです。
前提知識が抜けていると、なぜ用語を調べても読めないのですか?
抜けているのは語の意味ではなく、語と語のつながり方だからです。
専門分野の知識は、用語の一覧ではありません。どの概念がどの概念を支えているか、という構造です。 用語を一つずつ調べると、意味は手に入ります。構造は手に入りません。辞書的な意味を十個そろえても、その分野の骨組みは復元できません。
もう一つ、専門書は何が重要で何が些末かを本文に書きません。 同じ調子で書かれた二十ページのうち、決定的なのは三ページだけということがあります。その配分は、分野を知っている人には自明です。知らない読者には、全ページが等しく重く見えます。だから消耗します。
何が抜けているかは、どうすれば特定できますか?
本文からではなく、本文の外側から調べます。以下は書店や図書館でも実行できます。
1. 巻末の索引を開き、上から五十語を見て、意味を説明できない語を数えます。 説明できない語が三割を超えていれば、その本は現時点の前提と噛み合っていません。
2. 序文と「本書の使い方」を先に読みます。 ここには想定読者が書かれています。「〜の基礎を学んだ読者を対象とする」という一文があれば、それが要求されている前提です。
3. 参考文献一覧の中で、本文から繰り返し参照されている本を一冊特定します。 最も多く引かれている本が、この本が乗っている土台です。
4. 第一章に登場する記号と略号を、定義されているものと定義なしで使われているものに分けます。 定義なしのものが、著者が既知と見なしている概念です。
5. 数えた結果が「三割超」だった場合は、この本を閉じて、手順3で特定した本から始めます。 順序を戻す判断は後退ではありません。
この作業は一時間かかりません。終わると、読めなかったのがその本のせいでも自分の能力のせいでもなく、順序の問題だったことが数値で確認できます。
前提の本に戻ると、遠回りになりませんか?
なりません。前提が三割欠けた状態で読み進めると、一ページあたりにかかる時間が何倍にもなります。戻ったほうが、合計時間は短くなります。
欠けたまま読む場合、一段落ごとに用語を調べ、調べた語どうしの関係をその場で組み立てることになります。この作業は読む速度を大きく落とします。しかも、組み立てた関係が正しいかどうかは確認されません。 労力をかけた分だけ、誤った土台が固まっていきます。
前段の本に戻るとき、通読は不要です。先の手順で特定した本の、該当する章だけで足ります。 索引で説明できなかった語を含む章を、目次から選びます。一冊まるごと読む必要はありません。
戻る判断が難しいのは、後退に見えるからです。実際には読める状態を作る作業です。読めない本を三か月抱えるより、前段の三章を二週間で通すほうが、確実に先へ進みます。
順序を戻したことは記録しておきます。同じ分野の次の本でも、同じ前提が要求されます。 一度埋めた前提は、二冊目以降で効きます。
前提を埋めれば、専門書は読めるようになりますか?
前提を埋めると、多くの箇所は読めるようになります。それでも二つは残ります。
一つは、重み付けです。 どの主張が決定的で、どれが補足なのかは本文に書かれません。その分野で実際に何が争点になってきたかを知らないと、判定できません。独学では、些末な箇所に時間を使い続けても、使いすぎていることに気づけません。
もう一つは、誤読の検出です。 定義を取り違えたまま最後まで筋が通ることがあります。専門書ほど、この事故は起こりやすくなります。用語が日常語と同じ形をしていて、意味だけが違うからです。
どちらも、その本を先に読み解いた人と突き合わせれば片づきます。前提の特定は一人でできます。重み付けと誤読の検出だけが、一人ではできません。
専門書がわからないという状態は、二段構えになっています。前提の欠落は、調べれば埋まります。重み付けと誤読は、調べても出てきません。 前段を片づけると、残るのは後段だけです。そこまで来れば、必要な手は一つに絞られます。
『ゼロから作るDeep Learning』の少人数オンライン講座と学びたい人の登録 →
dokkai