読んだのに内容が頭に入らないとき、何が起きているのか
最後まで読んだはずの本を、人に説明できない。面白かったという感触だけが残っている。読んでいる最中はたしかに分かっていました。それが、閉じた瞬間に消えています。
本の内容が頭に入らないのは、記憶力のせいですか?
違います。内容が残らないのは記憶力ではなく、文の単位で理解して、章の単位で理解していないからです。覚えられなかったのではなく、覚える対象がそもそも作られていません。
読んでいる最中の「分かる」は、一文ごとの理解です。一文ずつは全部分かります。ところが本を閉じると、一文単位の理解は残りません。残るのは、章と章の関係だけです。その関係を作らずに読み終えたので、閉じた時点で手元が空になります。
読んでいる最中は分かっているのに、なぜ閉じると消えるのですか?
読んでいる最中は、本のページが外部の記憶装置として機能しているからです。閉じた瞬間に、その装置が外れます。
ページを開いていると、直前の段落がすぐ上にあります。前の章は数十ページ戻れば確認できます。読み手は、常に本に支えられた状態で理解しています。この状態での「分かる」は、本と読み手の合作です。 本を閉じると、合作の片方が無くなります。
もう一つ理由があります。難しい本ほど、章のあいだの関係が本文に書かれていません。 各章の中身は詳しく書かれます。ところが「第三章は第二章の何を受けているのか」は、たいてい書かれません。著者には自明だからです。書かれていないものは、読んでも入ってきません。
頭に入っているかどうかは、どうすれば確かめられますか?
本を閉じて説明します。それだけです。以下は今日、道具なしで実行できます。
1. 読み終えた本を閉じて、手の届かない場所に置きます。 開ける状態のままだと確認してしまい、検証になりません。
2. 三分だけ時間を計り、その本の内容を声に出して説明します。 相手はいなくてかまいません。録音も不要です。
3. 詰まったら、そこで止めて、詰まった箇所を書き留めます。 詰まりを飛ばして先に進まないでください。飛ばすと結果が出ません。
4. 本を開き、詰まった箇所に該当する章を確認します。 そこが、読めていなかった章です。
5. 各章のタイトルだけを紙に写し、章と章のあいだに矢印を引いて、関係を一語で書きます。 「だから」「しかし」「例えば」の三語で足ります。書けない箇所が、抜けている関係です。
三分の説明は、ほぼ確実に途中で詰まります。 最後まで読んだ本でも詰まります。これは失敗ではなく、結果です。詰まった位置が、そのまま読めていなかった位置になります。
読みながら、何をしておけば残りますか?
章を読み終えるたびに、その章の主張を一文だけ書きます。書く場所は本の余白でも別の紙でもかまいません。
条件は二つです。一つは、本を閉じてから書くことです。 開いたまま書くと、目に入った表現をそのまま写します。写した一文は、自分の理解ではありません。あとで読み返しても、何も思い出せません。
もう一つは、四十字以内にすることです。 長く書けるうちは、まだ選べていません。何を落とすかを決める作業が、そのまま構造を取る作業になります。
十章の本なら、十文が残ります。読み終えたあとに十文を続けて読むと、章と章のつながりが見えます。つながらない箇所が、読めていなかった箇所です。 本文をもう一度読み返すより、この十文を見るほうが早く特定できます。
一文が書けなかった章があれば、その章だけを読み直します。全体には戻りません。 全体に戻ると、書けていた九章にも同じ時間をかけることになります。
この方法で分からないことは、何ですか?
説明できてしまった箇所が正しいかどうかは、この方法では分かりません。詰まらずに話せた箇所ほど、確認されないまま通過します。
詰まった箇所は、詰まったという事実が合図になります。ところが読み違えたまま筋が通った箇所には、合図がありません。三分間、なめらかに説明でき、内容が間違っている。この状態は本人からは見えません。読み落としたことは、読み落とした本人には分からないからです。
自分の理解を自分で採点することはできません。判定に必要な基準が、自分の外にしか無いからです。同じ本を先に読み解いた人に三分の説明を聞いてもらうと、この部分が最初に片づきます。なめらかに話せた箇所のうち、どこが外れていたかが、その場で分かります。
内容が頭に入らないという感覚は、二つの状態が混ざっています。構造を取っていないので残っていない状態と、取り違えたまま残っている状態です。 前者は三分の説明で見つかります。後者は見つかりません。前者を片づけると、後者だけが残ります。
読んだのに内容が頭に入らない、と感じたとき、多くの人は次に読む本を探します。順序が逆です。入っていなかった箇所は、既に読んだ本の中に特定できる形で残っています。 そこを片づけないまま次の本に進むと、同じことが起きます。
三分の説明は一人でできます。採点だけが、一人ではできません。
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